かっこいい読書は孤独の匂いがする

おれ

あなたのイメージする「良い読書」はどんなんだろうか。

かっこいいロックは、 孤独の音がする。 かっこ悪いロックは、孤独をごまかしたノー天気な音がする。そういう音は大嫌いだ。 大都会の中に擬似田舎を演出した内装の居酒屋を見るのと同じぐらいに嫌いだ。 その中でアルコールで神経を弛緩させて擬似仲良しごっこをやっているグループを見るのと同じぐらい嫌いだ。
激刊!山崎 / 山崎洋一郎/著

おれは山﨑の語る「かっこいいロック」のように孤独の匂いのする「かっこいい読書」が「良い読書」だと思っている。 良い = かっこいい ≒ 孤独の匂いがする。 故に、孤独の匂いのしない書籍も読書会も嫌いだ。

ファッション読書空間

読者に尻尾振ったような下品な文章は嫌だし。 忖度の空気で窒息しそうな読書会も講演も嫌だ。 せっかくのロックの場、せっかくの読書の場を、「否定は良くない」のルールで縛ってしまうもったいなさよ。

ロックにおいて、曲や歌詞は個人のヒリヒリとした叫びであって、それが相手に届くかどうかは一「賭け」であって、その切迫感がロックのテンションを生むのだ。 最初から相手に共有されて一緒に恍惚とする事を前提に書かれたロックの曲は、どうも気持ち悪い。 - 略 - 聴き手とアーティストとの安心できる予定調和の関係の上に成り立つ音楽は、ポップスというのだ。 多少ぬるくてもみんなで共有できる事が大事、なものになりつつあるロック。
激刊!山崎 / 山崎洋一郎/著

確かに「気持ち悪い」も大いにあるが、それよりも「もったいない」の方が強い。

「現状こんな上手くいってないことがあって、こっからの切り口で考えてみたら、こう抜けれそうに思うんだけど、どう思う?」 それをストレートに伝えて欲しいんだ。忖度はノイズになって本筋が曇る。

せっかく、考えたことを文章にまとめて他人に広く問うてみる、共に良い本を読んで語ろう、という大義があるのに。

満場一致で「それ無いわー」の否定に晒されるかもしれないという緊張感のない集いで発表される感想、表明される提案。 そんなものは話し手にとっても聞き手にとってもなんの意味も無い。 意味も無いどころかそんなコミュニケーションの場所は毒だ。

話し手に全肯定されることを保証する。(そのために)聞き手に全肯定することを強制する。 SNSのエコーチャンバーと同じでは。

新しいことを学ぶのには、人の話を聞く力と忍耐が必要だ。 しかしわたしたちはインターネットやソーシャルメディアによって、より非社交的に、対立的になっている。 人々は、ネット上でも普段の生活とおりに小さなエコーチェンバーに閉じこもり自分と同じ意見だとあらがかじめわかっている人々とだけ話したがっている。
専門知は、もういらないのか / トム・ニコルズ/著 高里ひろ/翻訳

そんな姿勢は、読者同士においてだけではなく、普段読書しない社会人層に対しても、著者に対しても傲慢で失礼な態度だ。

パシャパシャに引きずり込まれないための錨

なんなら本を読むことは、そんな全肯定を期待し強制するSNSのエコーチャンバーの村文化から、一番離れた営みだったはず。

脳みそ使わずに浅いとこで「優しいね」「ひどいね」「そうだねそうだね」って浅瀬で足だけ浸かってパシャパシャやるコミュニケーションは手っ取り早く気持ちがいい。その気持ちよさを保つことが絶対の優先順位になるから、新しい切り口を探すための「どこから(どこまで)考えてそれ言ってる?」がタブーにされる。

カジュアルな気持ちよさを守るためのルールが、深く潜ったさきの「これかー!」にたどり着くエネルギーをスポイルしてしまう。

雑誌やウェブってこういうもんでしょ。 そうやってルーチン化されたことばやアイデアを、頼まれずとも「え?なんで?」と混ぜっかえすことを苦もなくやれたのは(そうなのだ、こういう問いは、慣れていない人にはとても苦痛なのだ)、その訓練をしつこくさせられたからにほかならない。 人に嫌われるばかりのそういう混ぜっかえしがそれでも大事だと思うのは、一足飛びに結論に飛びつかず、我慢しながら(そう、これには我慢と執着が必要なのだ)ジリジリと思考していくことで、想定していなかった意外な場所にたどり着くことができるからだ。
さよなら未来 / 若林恵

今日この場の雰囲気の、周りのパシャパシャに惑わされず。 ずっと手前の先行研究を取り込んで、ずっと先までを想定して、現代のデフォルトの技術や趨勢がそうなってるなら、今はこの切り口がより確からしいのでは?を提案して、時の試練に打ち勝ってきた、先人の書いた書籍。

それを読むことは著者との同質性を確認して気持ちよくなるための自意識の舐め合いの儀式ではなく、周りのパシャパシャの誘惑から距離をとって自分の問題を深く考えるためだ。

- この機能を今日中に実装するために、コードを書きビルドしてデプロイするエンジニアのその手は - 三日後の給料日に社員の口座に振り込む金を算段する経営者のその脳みそは

課題に真摯に向き合うとき、おれたちはいつだって孤独なの。 前述で言えばむしろエンジニアも経営者も仲間だからこそ、自分に与えられた仕事をこなすという孤独を知り引き受けている、という意味で仲間であり孤独ではない。

孤独の痛みを引き受ける気のない、他責でテイカーでフリーライダーはいらない。 仲間と群れて安心するためではなく、協力して解決するために。その問題を解くことの痛みを身に刻み込んだ仲間の1人となるために。

まず自分1人でその問題をどう解くか。 そんな時におれたちは過去の知恵を借りにいくのよ。

目の前の動かないコードや足りない資金に対して、周りのパシャパシャした慰めは何の役にも立たない。必要なのは、気休めの共感ではなく、このクソみたいなクソ状況をあと一歩進めるための、フルマラソン次の電柱まで頑張ろう理論の電柱なの。 過去事例から一般解を学び、現代の制約のなかでどうカスタマイズして使えるかを考える。

汝の父祖の遺せしものを、おのれのものとすべく、自ら獲得せよ。
読書について他二篇 / ショウペンハウエル,A.

現代の仕事として言い換えるならば。 父祖の時代には父祖の時代の問題があって、それを解決するためにアイデアや技術を生み出して、その経験を書物として残してくれたでしょう。

現場の先達であれ、遠い昔の開拓者であれ、記録を残す人の切迫感であり思いやり。 例えば、 迫害から逃れて、新大陸を夢見て、大陸に辿り着けるかどうかわかんなかったし、着いたら着いたでなんもないとこから街を再構築してったピルグリム・ファーザーズ(諸説あり)

彼は、入植から一〇年後に開拓記を書きはじめた。その執筆目的については、「先祖がそもそもの始まりにおいて、どれほど悪戦苦闘して困難を乗り越えていったのかを入植者の子孫が理解できるように。そしてまた、後世、同様の難事業に携わる者が役立てられるように」と述べている。
叛逆としての科学 / フリーマン・ダイソン

先人が残してくれたその文章は、困難を乗り越えるための姿勢を具体的に触り使い読める容器であり。 現代のおれたちが問題を解決するために「おのれのものとすべく」読んで使うことを通して、先人のこの姿勢はこうやって作られたのか!と「自ら獲得」すべきもの。

少なくとも 先人の汗と血とアイデアが積み上げてくれたこれほどの文明を当たり前として享受できる現代の自分の状況(少なくともまともな本がカジュアルに読める)を、恵まれていないと嘆いて他責にして腐ることを正当化するために、古典や現代の堅い本を曲解して使うことは失礼なことだ。

読書とは、「おれたちわかってる側なんで」に所属して群れるために「みんなで同じ本を読む」ことじゃないです。 先人が残した論理体系という道具(当時は新しく確からしい仮説だった)をパクって自分の脳みそにインストールして、問題解決のために擦り切れるまで使い倒すことです。

現実の自分の問題に一人で向き合ってシックハックして、もうこれ無理筋だろ、上手くいかねえ。ってしょんぼりしてる時には、みんなとパシャパシャするの楽しそーだなと思うこともある。だがそっちには何もない。 そんな時こそ本を開くのだ。なんかいいアイデアねーかと。

強引な音の強さが全てだ。- 略 - あの強い音を求め、浴びた奴なら、ヤワな事はもはやできないだろう。 ハードな意志を込めた靴を作ったり、ガシガシ土木作業をしたり、キッパリとした態度で学校へ行くだろう。 もはやロックは逃避先でもコンプレックスの裏返しでも母性本能への媚びでもない。エネルギーのギヴ&テイクの場だ。
激刊!山崎 / 山崎洋一郎/著
たくさん迷った君がたった一つだけ揺らがなかったものは 僕の答えかもしれないんだよ さぁどうか
‎水流のロック - 日食なつこの曲(歌詞付き)- Apple Music

現代においてそのまま使えるアイデアがあるわけはないが「こいつらこんな状況でこんな切り口からこんなとこまで考えとったんか」のストーリーは、残0になってたおれの頑張り酸素ボンベに一呼吸分だけ空気を入れてくれる。

余談

今回は 「かっこいい」≒「孤独」 の切り口で整理したので、堅めの書籍をイメージしてマッチョな感じになったが、 他のもなんか整理したい。

例えば、 - 「かわいい」≒「?」 - 「おしゃれな」≒「?」 の読書。 japanese Kawaii は言わずもがな。 一瞬流行ったライトノベルもなんかの芯を捉えてるから流行ったんだと思うし。 小説なんかの「そーきたか!言われてみれば。。確かに。。」とかは抜け感とかオシャレとかの物差しのほうが適してる気がする。 そーいうのを整理する時に「かっこいい≒孤独」の物差しは合わなそう。

素晴らしい作品を簡単に手に入れる事ができる。 そして、同じ素晴らしい作品を多くの人が持っている。 それがポップカルチャー最大の素晴らしいところだ。 ポップ、という言葉が魅力的なのは、そんなダイナミックな幸福に向かう言葉だからだと思う。
激刊!山崎 / 山崎洋一郎/著

ロック以外の音楽があるように。かっこいい孤独以外の読書はあるし、あって然るべき。

参考書籍

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