人生、全部鴨川でやってる京都人。
『どこでもいいからどこかへ行きたい』pha,1978- のブックレビュー
phaさんの『どこでもいいからどこか遠くへ行きたい』を読んでいる。読書メモが溜まったので、ここに残しておく。 タイトルが『どこでもいいからどこか遠くへ行きたい』なだけあって、場所の話が多い。なかでも刺さったのがここ。
人間は周りの環境の影響をとても受けやすい生き物だから、自分がいる環境によって考えることが変わってくる。
すげ〜わかる。前職はノートPCさえあればどこでも仕事ができたので、私はやたらと席を移動していた。集中したいときは窓際のボックス席、リフレッシュしたいときはスタンディングテーブル。今思うと、あれも無意識に視野の固まりをほぐしていたのかもしれない。 私の場合はせいぜい席を移る程度。でも本には、ひとつの場所に人生まるごと預けたみたいな話も出てくる。鴨川である。
あの頃は全てが鴨川の河原で行われていた。散歩をするのも日光浴をするのも、花見をするのも花火をするのも、女の子と初めて手をつなぐのも初めてキスをするのも、そして別れ話をするのも、全部鴨川だった。
全部!? 鴨川、働きすぎでは!? 京都人にとっての鴨川の存在意義、デカすぎでは……と私もたまに思う。職場の後輩も似たようなことを言っていた。人生のイベントが軒並み一本の川に集約されているの、冷静に考えてすごい。 ひとつの川にこれだけ人生を預けられるのは、ちょっと羨ましくもある。でもphaさんは、そうやって馴染んだ場所からあえて離れて、遠くへ行きたくなる人らしい。
自分が旅というものに求めているのは、普段と違う環境に身を置くことによって自分の普段の暮らしを相対化することなので、それで十分だった。
なるほど、と思う。広大な自然とか、その土地で生きている人を見ると、今の自分の生き方だけが全部じゃないよなあ、と思えたりする。席を移動するのも、鴨川に出かけるのも、どこか遠くへ行くのも、たぶん全部地続きだ。視野を固めないために、人はどこかへ行きたくなる。どこでもいいから。 という与太話でした。メモはまだ残っているので、また書く。
参考書籍
- どこでもいいからどこかへ行きたい pha,1978- / 幻冬舎